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田野と京都の話−6

洛西・地蔵院 編

♪竹は涼やか 松尾の小道  小道を歩けば 風が吹く

         風が吹いたら 波打つ竹林 さざめき渡れば 夢の中

栂の尾小径から「松尾」

 洛西・地蔵院。JR東海のCMに出てしまい、人が沢山押し寄せただろうなぁ・・・。
 でも大好きな所でした。過去形で言うのは、変わってしまったからです。
 地蔵院が変わったんじゃなくて、周りを取り巻く環境が変わってしまいました。
 これは時代の流れですから仕方ないですよね?でも記憶の中で、今も鮮やかに
 瞼に浮かんで来ます。鬱蒼と何処までも続く竹林の中の、庵から眺める庭の静寂。
 その向こうに無限に続くかと思われる、懐の深い竹林の不思議な感覚・・・。

 中学の同級生と行った京都で、当時「苔寺」として有名になっていた西芳寺を拝観した後、
 偶然曲がった小道の、更に奥…凛としたその山門はありました。不思議な空気、
 吸い込まれるように門をくぐると、頭の上を覆う鬱蒼とした竹林。中庭を右手に曲がると
 庵があります。靴を脱ぎ、畳に胡座をかき、真冬でも開け放しの縁から庭を眺めます。
 苔が深く、そこに真っ赤な椿の花が落ちているのが妙に艶かしく、落ち着いた
 いい庭ですが、なんと言っても「Sound of Silence」の味わいが深い気がしました。

 冬に行く事が多かったから、盆地の底冷えの寒さが身にしみますが、その寒さを
 忘れさせてしまうのが竹々のさざめきです。風が松尾山の彼方から吹き渡って来るのが、
 遠い竹のざわめきから感じられ、徐々に近づくのが判ります。風が今、どのあたりにいて、
 もうすぐここへやってくる・・・そしてどこかへ去っていく?その風が竹を揺さぶるさざめきの
 只中に包まれ時、例えようのない不思議な陶酔の感覚があります。まるで自分に
 体重がなくなったかのような・・・ついでに悩みも傷も消えていくような…浮世から
 隔離されたような…温かく、優しい浮遊感。
 「竹取物語〜かぐや姫伝説」が古の都で生まれたのも頷けますよね!

 地蔵院へ行く時は四条通りの西の果て、桂川を渡った突き当たりにある松尾大社から、
 あえて歩くのが好きでした。そこから自由きままに路地を曲がると、やがて迷路のように
 入り組んできます。「道に迷う事を苦にしてはならない」と国木田独歩の心境で、
 人が入り難い私有地のような所を抜け、道が徐々に上り坂になり、やがて小さな道は
 鬱蒼とした竹林に覆われ、平安の昔から変わらない隠れ家へと誘われます。
 先が見通せない竹林の山の奥の奥には、一体何があるんだろう?「竹林の向こう側」
 そこにはどんな人が暮らし、どんな風景の里があるんだろう?行ってみたいな?
 戻ったら再び同じ道を辿れる自信はないので、一生判らない…
 想像するしかないですよね?

 想像するのも楽しいけれど、田野は一度その奥の世界を見に、
 その先へ歩を進めた事があります。その先に何があったか?夢がなくなるから
 ここでは書きませんが、それを一篇の童話に記した事があります。「田野が童話?」
 笑っちゃいますよね!唯一無二の「童話作家」でした。でもそんな発想をさせる空気が、
 洛西にはありました。その竹林冒険の後に辿り着いた地蔵院の庭から、再び竹林の
 奥の奥へと目を凝らしても、そこには無限の奥行きと静寂とがあるだけでした。
 だからそんな洛西の懐の深さが大好きでした。

 ある時、久し振りで行った地蔵院でガクゼンとしました。門を入って右に曲がる所で、
 以前と違う予感がありました。庭から竹林を見ると・・・ひどいなぁ・・・。申し訳程度に
 竹林は残っていますが、その裏山が切り崩され、竹林は地蔵院の敷地内のみに残され、
 住宅が乱立し、竹林の向こうにそれはくっきり透けて見えていました。静寂の庭には
 家々のTVかラジオの生活音が微かに聞こえて来ます。家々に住む方々にも
 地蔵院にももちろん罪はありません。田野の夢が勝手に壊れただけですが、
 それ以来行かなくなってしまいました。

 JR東海のCMに出たのはその後です。時代なんですかね?西芳寺も地蔵院も鈴虫寺も
 もちろんまだある筈です。つまり周りに遊ばせておける土地が減ったという事でしょう。
 隠れ家の激減した現代では、それでも人々が地蔵院をいいと言うのも頷けます。
 ご年配の方の中には、田野が知った頃の地蔵院でさえ、世俗なのかもしれません。
 だからあの鬱蒼たる地蔵院を体感出来て良かったな…と思うようにしています。
 でも、田野が「栂ノ尾小径♪」を歌う時、あの竹林はくっきりと脳裏に描かれています。

 歌を作るって、いいですね?
 大好きな風景や感情の機微を、一番ありのままに残せるような気がします♪


つづく