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つれづれ日記

日本紀行−13

茅ヶ崎パシフィックホテル編


モノクロームな窓の景色に 眠たいベッドの中から
仄かに浮かぶ君の 淡いシルエット
指が覚えているよ 抱かれた細い肩…

♪モノクローム より…


 海水浴客が絶えた頃、「今はもう秋…誰もいない海♪」・・・
 なんて事は有り得ないのが湘南。海はマリンスポーツの季節を迎える。
 9月も終わりに近づくと、天候によっては結構寒い。
 そんな時期が最も湘南らしいと感じるのは、小さい頃から
 海水浴と言えば決して水は綺麗ではない湘南の海だった、
 東京西郊や神奈川ッ子にとっての独特の感覚かもしれない。
 あの頃、なんの脈絡もない繋がりで集まる仲間がいた。
 職業も年齢も、あだ名以外は本名さえも覚えていない。
 でも気のいい、不器用で素敵な連中だった。
 俺達のポイントは、いつも「茅ヶ崎パシフィックホテル」前。
 ウインドサーフィンに夢中だった。

 学生の頃、サーフィンをやっている仲間はいたが、
 その頃は今一つピンとは来なかった。結局ウインドサーフィンに手を出した。
 初めてこれに挑戦したのが9月1日。小雨だった。
 ボードに乗り、セールを足元に対して垂直の位置に持って来る。
 体重を乗せる事で、一気にセールを水から立ち上げ、
 バーを操って風を捕らえる。シャー♪…とは巧くはいかないか…(>_<)

 「おりゃ〜!」・・・どっぼーん!「うりゃ〜!」・・・だっぷーん!
 「どりゃ〜!」・・・ざっぷーん!「おどりゃ〜!」・・・じゃばーん!!!
 まぁ、初めから巧く出来るくらいなら誰も苦労しないし、
 皆そんなに夢中にもならなかっただろう。
 スキーでもなんでもそうだった。ここが正念場。
 早くこの初心者段階を脱して楽しみて〜!「とりゃ〜!」…ぼっちゃーん!
 海を見渡しても、本日の初心者は俺だけ?くっそ〜!
 「おでや〜!」…お、とっとっとっと…どんがらがっしゃんがーん!!
 く〜、惜しい…くない?けっこう恥ずかしい?
 指差して笑ってる奴らが見える。衆目の笑いのタネってか?
 この野郎!見とけぇ!どうせ晒し者なら開き直れ!
 いまどきは流行らないが、根性見したる〜!
 こんな時間は極力短い方がいいに決まってる!集中集中!
 「そりゃ!」ツー…「あ!」どぼーん!
 「うりゃ!」シャー…「あああ!」どっぽーん!待てよ?
 「こなくそ!」シャーーーー♪♪♪「か、風を捉えたぁ〜!!」ざっぷーん!
 「風に乗れたぁ!気ん持ちいい〜〜〜!!!」

 浜から上がってくると俺達の溜まりはもちろん、
 廻りの連中の視線も妙に優しくなっていた。
 音を立てずに拍手をくれる女の子もいる。
 「寒い寒い」ありがたいんだよね〜、焚き火!
 「最初は笑ってた連中もその内口数少なくなって、最後はマジ応援してたぜ!」
 仲間が教えてくれる。「てやんでい(^^ゞ」
 連れからバスタオルを受け取って照れを隠す。タオルの下で笑みも隠す?
 小雨の肌寒い天候の中、湘南の懐と至福を感じた瞬間だったかもなぁ…。
 「ショップのインストラクターが『あいつ根性あるなぁ。すぐ巧くなるぞ…』
 とか言ってたぜ!」「ハハハ、そうかい?どんなもんだい!」
 ・・・でも決してすぐに巧くは・・・ならなかったm(__)m

 その年の九月一杯、ウイークエンドは湘南にいた。
 仲間達とは必ず「茅ヶ崎パシフィックホテル」の駐車場で会い、
 そこで別れていった。サザンの「夏をあきらめて」が流行っていた。
 ここには実際にも泊まったが、今思えばホテルの歴史の末期であった。
 その昔、加山雄三の父である上原謙が経営していた事で当時脚光を浴び、
 破綻後に紆余曲折を経て、最後はかのY井H樹氏の手に渡った後、
 とうとう名所「茅ヶ崎パシフィックホテル」は永遠に姿を消した。
 あの駐車場も…プールも…螺旋の廊下も…
 フレンチレストランも…カフェも…部屋の窓からのオーシャンビューも…
 バスルームから眺めた夕暮れのテールランプの列も…もう見れない。
 遠くからでも「茅ヶ崎だ」と判る、灯台のようなランドマークだった・・・
 独特のあの外観も・・・今はもうない。
 その後、そこそこ乗れるようになったウインドを極める事もなく、
 飽きっぽい田野はスキューバーダイビングに手を出していった。
 海も湘南から伊豆に移った。

 でもあの頃の仲間達…あいつ等、どうしているんだろう?
 茅ヶ崎に通っていたあの頃、何にでも夢中になってた。色々な事もあった。
 ちょっと甘くて…しょっぱくて…爽快な心地よい思い出?
 だけど今は記憶の中の「茅ヶ崎パシフィックホテル」が、
 田野は大好きだったんだ。


     

             
ラシトシーンは君の  揺れる長い髪
             素肌に刻まれた夏   白い水着のあと
                   

                       ♪モノクロ−ム より…


                                                                                  おしまい