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つれづれ日記
田野の日本紀行ー15
軽井沢 編
時の流れの中に ふと訪れた空白が
君には重過ぎたのか この深い霧の向こうに
いやこの霧が晴れたところで なにがあるというのか
それを誰よりも 悟っていた君は
汽車の窓に顔をつけて 見える筈のない
遠くを見ていたっけ 遠くを見ていたっけ・・・
目が翳む 胸がつまる 深い霧に先も見えない
軽井沢午後6時半 汽車は都会へ帰る・
汽車は都会へ帰る・・・
「帰郷♪」より
八月の終わり・・・午後六時半。北陸からの帰り、特急列車は軽井沢に停車していた。 車窓から見えるその懐かしいかの地の風景を見やり、目の前の人は遠い目をしている。 彼女とは今偶然二人旅をしている。誰を思ってそんな悲しい目をするのかは知っている。 見ない振りをして自分も窓の外を見やる。薄っすらと霧に包まれた薄暮れの景色の向こうに、 自分も思い浮かべざるを得ない人がいた。そんなに昔の事ではなく、つい1〜2年前の事だ。 高校時代に、バイトの果てに手に入れた中古の「SUZUKI GT250」は宝物だった。 高校生の頃、好きだった子を後ろに乗せ、授業をサボって軽井沢に旅立った。学校にも 互いの家にも、もちろん内緒だ。ドキドキものだった。でもそれ以上にときめいてもいた。 天気はいいとは言えないが、9月ももう後半。夏はもう風前のともし火だった。 17歳の夏にこの旅を完遂する事は、自分にとって訳もなく大切な事のように思えた。 当時、軽井沢は自分にとって憬れの聖地だった。小説の中の古きよき避暑地の風景。 当時はそう思っていたが、新幹線どころか関越道もまだ通っていなかった時代の話だ。 早朝、トラックだらけの17号線に出て、北に進路を取る。雲行きが怪しい。天候が心配だが、 アクセルを吹かすしかない。愛車は快調だ。延々と続く殺伐とした17号線の果てに、 高崎を過ぎて18号線を左に曲がる。やがて妙義山系の険しい山々が姿を現す。 いよいよ碓氷峠越えだ。2サイクルのエンジンは、都会では俊敏で機能的だが、 二人乗りだとこの峠は手強い。ギヤを組み立て、ひたすら昇り、幾重ものカーブをクリア。 途中下り車線で、トラックが制動力を失って、緊急避難所に突っ込んでいるのを目撃する。 慎重にカーブを切る。何かあって家や学校にばれたら、彼女の人生を狂わせかねない。 腰に廻った彼女の手にも、力が入る。背中に感じるぬくもりを愛しいと思った。 ようやく料金所が見え、空気も景色も一変した。軽井沢だ。来たんだ・・・やっと。 それだけで目的を達したような安堵感があった。秋の平日の避暑地は・・・静かだった。 喫茶店を探し、コーヒーを飲む。カップごしに目が合う。思わず笑みがこぼれる。 その後、気分よく軽井沢銀座を抜け、旧碓氷峠まで行って、旧軽井沢まで戻って来る。 そこで一つの事件が起こった。旧碓氷峠の地図を記した看板の前に、ポツンと 一人の男が立っている。人の気のない避暑地の、こんな所で何をやっていたのか? でも道の真ん中だ。危ないので警笛を鳴らす。ギクッとした男は行くか下がるかを躊躇う。 左に避けて通ろうとすると、ジッとしてればいいのに、男は避けた方向に飛び込んで来た。 「危ない!」 急ハンドルを切ってかわす。バイクは転倒した。「彼女は?」 無事だったが、 手に擦り傷を負っていた。彼女の血を見た瞬間、頭にカーっと血が上った。次の瞬間、 男の胸倉を掴んで引き摺り回していた。彼女が必死に止める。その男を帰した後、 Fフェンダーが前輪に食い込み、ステップが90度に曲がり、左ミラーが折れた愛車を前に愕然・・・。 でも大怪我をしなくて本当によかった。自分の怪我に気付いたのは暫くしてからだ。 だけどとても走れる状態ではない。呆然としていると、1台のバイクが止まる。「どうした?」 ライダーが声を掛けてくれた。事情を話すと、どうやらバイク屋さんらしいその人は、 積んである工具を取り出す。あっと言う間に応急処置を施してくれた。でもミラーだけは・・・ 紐で結びつけるしかなかった(笑) 「何処かで溶接しないとダメだな。」 そう言い残すと、その人は名前も告げずに去っていった。かっこいい。 この頃はこんなライダーが沢山いたものだ。自分はそんな大人に憬れを感じたものだ。 中軽井沢を抜け、北軽井沢の手前あたりに、今で言う貸し別荘風のコテージのある、 隠れ処のような民宿を見つけ、宿を取った。折れたミラ−を見て、民宿の息子さんらしき 作業着を着た兄さんが、そのバイクに乗って何処かに走り去り、程なく帰って来た。 ミラーが根元で溶接されていた。無口な兄さんは何も言わない。修理代もとってくれない。 代わって民宿のおばさんが、鉄工所に務めてる旨を教えてくれた。旅に出ると、 周りの大人がけっこう格好よく見えたものだ。普段の東京とはえらい違いに思えた。 夕飯を済まし、部屋に戻るとホッとした。静かだ・・・。 若くて、いつも行き場のなかった二人が、ようやく辿りついた至福の空間だった。 目まぐるしかったこの日一日の興奮と緊張とでクタクタに疲れ果てて、 いつしか深い眠りに落ちていった。 その後、様々な事が二人にあり、結局傷付き合ったまま別れざるを得なくなった。 受け止めるのに時間を要したが、高校を卒業し、ようよう新しい生活にも慣れてきた頃、 風の噂に「新しい恋を見つけたがすぐに破れた」と聞いた。幸福を願っていた心が傷んだ。 そんな頃の夏だった。長い旅の終わりに偶然通りかかった軽井沢。 碓氷峠に向け、汽笛を鳴らして汽車が駅を出る頃、道連れの人の頬に涙が流れていた。 ふと目が合うと、恥ずかしそうに微笑みかけてくる。笑い返して車窓に視線を戻した時、 映っていた自分の顔は、どうも笑っているようには見えなかったみたいだ。 汽車は都会に向かって動き始めた。行きつく先・・・その人にはそれは旅立ちであり、 自分にはそれは帰郷だった・・・。 |