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田野と四万十川の話−11
夏の少年 編
少年は東京生まれの東京育ち。長男坊特有のおっとり&のんびりした性格だ。 それは決して短所ではないものの、男の子として時代を生きて行く上では、 廻りの大人達をいささかやきもきさせてしまう。 しかし天真爛漫で脳天気な笑顔は天然。やはり長所だろう。 少年が小学校に上がる頃から、夏休みは毎年四万十川へ行くようになった。 親が流域の大正町が実家だという少年の学校の同級生の縁で、 親同士のノリで始まった事だ。川での遊び仲間は、その同級生と彼の弟、 少年の従兄弟の兄ちゃん、そして少年の幼い妹の5人だ。 同級生兄弟は、幼い頃から毎年ひと夏近くをこの辺りで過ごしていた事もあり、 川遊びも地元の子供達と遜色が無いが、少年は初めての川に 少々おっかなびっくり・・・?でも直ぐに慣れた。 従兄弟の兄ちゃんは四つ上、妹は四つ下。 少年は何をやるにしても、兄ちゃんを頼りがちで、引き気味のポジションをとる。 火振り漁の松明を振るのも、ころばしを仕掛けるのも、川向こうへ泳いで渡るのも、 率先して行う従兄弟の兄ちゃんの後ろをいつもついて行く弟・・・そんな感じだった。 逆に幼い妹の方は好奇心が旺盛だ。川も水も怖がることなく、ポジティブに遊ぶ。 時に少年達をハラハラさせ、圧倒する程に川を楽しんでいた。 浮き輪をつけながらも、気持ちが前へ前へといくので、浮き輪から前のめりに 川に落ちてしまう事もしばしば。少年とは対照的だったかもしれない。 そんな夏が1〜2年過ぎた。少年が小学校の3年生の夏、事件は起こった。 両親は岸にいた。川にいた子供達は、同級生兄弟と妹がやや上流に位置し、 少し下流側に従兄弟と少年に、偶然別れて遊んでいた時だった。「あっ!」 誰かの叫び声で、皆が一斉に振り向くと、妹の浮き輪が川を流されて行く。 その浮き輪からは、かろうじて妹の両足が出ているのが見える。 浮き輪ごとひっくり返って、流れの速い流心にはまったのだ。 「助けろ!」 少年の父親はそう叫ぶと川に走った。しかしその場所は流心からは絶望的に遠い。 頭を川に沈めたまま流されて行く妹の光景は、スローモーションのように鮮明に、 しかも最悪の事態を予想させるに充分な程、ショッキングであった。 しかし次の瞬間、父親の目は早瀬に飛び込む少年の姿を捉えた。 少年は早い流れに翻弄されながらも必死に泳ぎ、下流側にいた自分達の目の前を 浮き輪が行き過ぎてしまう前にかろうじて手をかけた。なんとか間に合ったものの、 早い流れに浮き輪ごとあおられる。そこへ従兄弟の兄ちゃんが追いつくが、 深い流心では思うように動けず、やはり流されそうになる。 そこへやっと少年の父親が泳ぎ着いた。一瞬の出来事だった。 水の中から妹の頭を引き上げる。今思い出せば笑ってしまう「ビックリ顔」だった。 水を少々飲んだようだが、なんとか無事だった。でも少年が飛び込んで 浮き輪を捕まえ、時間を稼がなければ、早瀬にはまった浮き輪に追いつく事は 大人でも困難だったろう。もし追いついたとしてもかなり時間を要した筈。 溺れていたかもしれない。震えが来た。川の怖さを思い知った瞬間でもあった。 しかし同時に、とっさの窮地で迷いも躊躇いもなく、流心に飛び込んでいった 少年の勇気と行動が、妹の命を救ったのだ。 「でかした!」「よくやった!」 周囲の賞賛に、少年は照れ臭そうに胸を張っていた。 この出来事以降、少年にはささやかな自信が芽生えたようだ。 その同じ夏、支流中津川の上流の風景林という所で遊んでいた時、 高知市から遊びに来たという、少年と同じ歳の小学生と一緒になった。 「東京の子?あれ出来る?これ出来る?」 子供世界特有の得意技自慢合戦が始まり、そのうち深く蒼い淵の際にある 大きな岩の上から飛び込めるかという話しになった。従兄弟と少年と高知の子は 揃って岩の上に昇る。しかし思ったより高いらしく、3人共しばし固まっていた。 高知の小学生は最初に飛び込んでいい所を見せる腹積もりだったようだが、 ビビッてしまった様子だ。従兄弟の兄ちゃんは年長のメンツもあるが、 なかなか行けずにいる。するとその横をすり抜け、少年がトップで飛び込んだ。 従兄弟が続く。高知の小学生は結局飛び込めずに終わってしまった。 「見たか!」「どうした!」 くらい言うのかと思ったが、 少年はその小学生に「友達になれて楽しかったネ」と声をかけていた。 少年は大人?いや、彼は生来そういう性格だ。優しいのである。 その夏を境に、少年が大きく変わった訳ではない。青年になっても相変わらず おっとりノンキ君だ。でも確実にあの夏は、その後少年が思春期の様々な事を 乗り越えていく上での糧にはなったようだ。今でも彼は、口にこそしないが、 壁や障害に出くわす度に、遥か遠い大河「四万十川」での少年の日の夏を思い、 唇を噛み締めているような気がする。少年時代の彼は、多くの事を 川から学んでいたのかもしれない。そしてそれは、廻りの大人達も同じだ・・・。 あの夏の、あの大河での少年は、今思い出してもメチャ格好よかったのだ! おしまい |