田野のつれづれ日記18

S・O熊本大会 編


 2006年11月3日。熊本空港に降り立つと、早々にレンタカーを駆り、熊本パークドームへ。
 SO=スペシャルオリンピックスの全国大会が、この真新しいスポーツ施設から始まるのだ。
 夏前には東京の自宅近くを聖火が通った。ランナーからランナーへ…
 旅をして来た聖火はこの日、ここ熊本パークドームの聖火台に灯される。
 空港周辺からこのスポーツ公園界隈までは、すっかり紅葉模様。天気は上々、秋晴れだ!
        
 スペシャルオリンピックス…知的障害者アスリート達のオリンピック。
 オリンピック競技種目に準じた様々なスポーツトレーニングの成果の発表の場である。
 世界大会も開催される、彼らにとって最高の晴れ舞台となるスポーツの祭典だ。
 我が家のSが、なんと卓球の東京都代表で出場するのだ。
 彼女は東京で、トーチランのランナーとして聖火もつないでいる。
 お陰でこちらはこんな秋深い美しい季節に、九州旅行が出来る!何と親孝行な奴よ♪

 熊本に来た事は何度かあるが、有名どころに行った事はなかった。
 しかし熊本城を始め、阿蘇山・阿蘇高原、黒川温泉、九重連山、五島列島、天草地方等々
 枚挙に暇がない程に行ってみたい名所の巣窟なのが火の国「熊本」だ!

 高円宮妃殿下の開会宣言。入場行進。華やかだ!参加者の数も応援団もすんごい数だ!
 おっと、会場入り口にはスポンサードを務めるT自動車系列の大型トレーラーが・・・
 もちろんH自動車製のトラクタヘッド♪そして大きなトレーラーの側面には、
 アスリート達の競技中の真剣な表情を捕らえたポートレートが帯状に入っている。Sもいた♪
 全国何万ものアスリート達の、ほんの一握りの選手達。でもその表情は本当に美しいなぁ。
    夕刻にはパークドームを後にして、阿蘇高原の内牧温泉へ。
 雄大な阿蘇の外輪山が見え、夕闇に消えて行く。卓球はここ内牧の町立体育館が会場だ。
 温泉町のど真ん中だ。宿は与謝野鉄幹・晶子夫妻が投宿したという所縁のある、
 格式高い「蘇山郷」という湯宿だ。老舗の宿は、部屋の作りも機能的とは言えないが、
 古き良き時代が香る。掛け値なしの源泉掛け流しと、部屋出しの食事が嬉しい。
 木の温もりが優しい川沿いの味わい深い宿だ。廊下には鉄幹・晶子の句や写真が飾られ、
 二人が眺めた庭は当時のままだそうで、その湯上がりに涼を取った同じ場所で、
 庭の木々や花を愛でるのもオツである。穏やかな時間が流れる静かな宿、満足だった。

 明けて4日は予選トーナメント。Sは初戦で躓いた。「おいおい、気持で負けるなぁ!」
 この春から勤め出した福祉作業所の皆さんが、忙しい合間に作ってくれた横断幕を吊るす。
 「諦めるな!」「気合を入れよう!」「集中集中!」 応援にも力が入いる。
 2回戦以降は調子が出て来たようで、接戦をモノにして白星を重ねた。
 でも皆上手いなぁ。温泉卓球のノリでやったら、田野は誰にも勝てないかも(汗)
    昼食を兼ね、有名な「大観峰」にドライブ。
 大観峰は内牧の北東方にある北外輪山の一峰だが、ここからの阿蘇五岳の眺めは最高。
 本当にこの火の山のスケールはスゴイ!写真は飛行機から捉えた阿蘇山の全容だが、
 こんないい所、やはり一度は来れてよかったと思う。九州は懐が深かぁ〜!!!

 この日、Sはその後も1敗はしたが、Bグループトーナメントで最終日を迎える事となった。
 他にAグループ、Cグループとある。Aグループの金メダリストは、世界大会を狙うレベルだ。
 SにとってはBグループというのはまずまずなのかな?やれやれ、興奮したぁ!燃えた〜♪
    この日の宿「湯巡追荘(ゆめおいそう)」は、10余の露天風呂巡りと、
 部屋付き露天風呂が決め手で選んだ湯宿。古くからの湯宿を小綺麗に改装した、
 古さと新しさを意外と程よく調和させたお薦めしたい宿だ。食事も美味。接客もいい。
 気持ちよく疲れを癒し、部屋付き露天風呂を満喫していると、綺麗な月が出ている。
 灯かりを点さずとも、月明かりだけで辺りの様子が鮮明だ。いいものだ。ついつい長湯。
 ビールも進んで、いつしか深い眠りに誘われていった。

 翌日も秋晴れ快晴だ!最終日。決勝トーナメントだ!
 時間を間違えてSの第一試合に間に合わなかった。Sはその初戦を負けた。
 慌てて横断幕を垂らし、大声でSに存在を知らしめす。「頑張れ〜!」
 Bグループとは言え、決勝トーナメントは手に汗握る接戦が続く。皆紙一重だ。
 親達は我が子を応援する余り、相手選手がミスをしても、点が入れば拍手喝采だ。
 当たり前だし誰も悪気はないなのだが、ミスをした子の表情を見ると切なくなる。
 実際自分の娘が試合をしている時、娘がミスをした時に歓声を上げられると腹が立つ。

 体育館の周囲の上から観戦する為、試合の時は相手の親御さんも近くに来る。
 必ず声を掛けて、試合前に少し話をし、「共に応援しましょう!」と励まし合った。
 いいプレーには歓声を、相手のミスには小さい拍手を送った。子供達は健気だ。
 見ていると、負けても相手選手と審判にキャンディーを贈って握手する子がいる。
 負けて悔しさを表に出すのはいいが、気持ちを抑えてまず相手への礼節を重んじる…
 このような大会の出場者達は、知的障害を言い訳にしない。アスリート達に教えられる。

 客席も大会後半には自然な秩序が生まれていた。相手選手に必ず「ありがとう」と声が掛る。
 本当に気持ちのいいものだ。皆が様々な思いと背負った人生の中でここへ集っている。
 だから「ありがとう」は、本当に純粋に素直な気持ちとして出てくる。試合は白熱する。

 Sは2回戦も第一セットを落とし、第二セットも7点差をつけられていた。「諦めるな!」
 一瞬目が合った。小さく頷き、唇を噛みしめたように見えたSは、そこから粘り強く逆襲した。
 2回戦を大逆転で勝利すると、そこからSはわが娘とは思えぬくらいに格好よかった。
 本当に皆強い。気を抜ける試合など一つもない。紙一重の中で、Sは辛勝を拾って行く。
 お昼に「1回戦はお父さんいなくて負けちゃったの?」と訊く。「うん。不安だった」…キイタ(痛)
    結果、SはBグループで銀メダルを獲得した。
 5勝1敗。金銀銅3人が勝敗で並び、セット率や直接対決の勝敗でメダルの色が決まった。
 「金が欲しかった」と悔しがる娘を見て、とても尊い銀に思えた。いい色だ。
 それでも表彰式では胸を張って銀メダルを授与する愛娘の雄姿…親ばかは大満足だ!

 秋深い阿蘇高原を後に、熊本空港へ車を走らせる。夕焼けが綺麗だ。
 多くの人の努力と支援、アスリート達の真摯でひたむきな思いが多くの感動をくれた。
 だからこれからもこの大会を、現場も理解しないで口を出し、政治利用するだけの輩達に
 翻弄される事だけは許せない。また我々家族も同じように勝手な事を言うべきではない。

 本当の事は、あの熊本の、あの一会場の、あの片隅に咲いていた花のような一瞬にある。
 あの感動は誰のものでもない。アスリート達のものだ。そこを肝に銘じて、
 汗を流して頑張ったアスリート達に称賛と拍手を送りたい。そして「ありがとう」と伝えたい。

                                              おしまい




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