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田野のつれづれ日記−27

ミュンヘンの冬 編

   孤独と呼ぶほど  独りじゃなかった
   ただ見つめていたものが違っただけ
    ミュンヘンの冬を 歩いていた時
    ジプシー奏でる  笛の音に惹かれた
   石畳の街角に立っていたのさ
    彼の瞳はエメラルド…
    君の体の温もり 君の愛の柔かさ
    君の生命は音楽 奏でる笛の音の
     哀しげな音色と同じ…♪

   
「放浪者〜ジプシー〜」より


 −ドイツ入国−

 やはり22歳の、欧州旅行の時に立ち寄った国で、ドイツ…まだベルリンの壁があった頃の、
 旧西独への旅も忘れ難い。フランスのパリからEURO鉄道に乗って、まずフランクフルトに入った。
 でも残念ながらこの町の印象はあまり覚えていない。工業都市で、都会だったという程度の記憶だ。
 それはその後に訪れたベルリンやミュンヘンの印象が強烈だったせいかもしれない。

    
 ※写真はドイツ観光サイトからのイメージ流用

 やはりEURO鉄道に乗っての国内移動…なのに東独を横切るという旅は、
 昼間は詰めれば6人は座れるが、夜行の場合は3人分の寝台になる作りの個室の客車だった。
 乗り合わせた独美人の若い女性と3人での長旅だ。
 アジア人の若い男二人と同室になってしまった女性は、始めは警戒しているのが判ったが、
 長旅の間に打ち解けて、言葉はよく判らないが、穏やかな旅が続いた。

 しかし列車が旧東独エリアに入ると、様相が一変した。暗い。家や町の灯かりがないんだ。
 車窓の景色は夕刻を過ぎ、夜ではあったのだけれど、仏や西独のそれとはあまりに空気感が違う。
 人々は息を潜めているかのような、息苦しい重たさが夜の帳として圧し掛かって来た。
 列車の車掌がチケットとパスポートのチェックに…ん?車掌?違う、兵隊だ。2人もいる。
 これ見よがしに銃を持ってやがる。生まれて初めて銃ってヤツを突きつけられた。
 それは戦争を知らない世代の田野にも屈辱的な出来事だった。
 こんな野郎の手中に俺の命があるのか?こんなくだらない軽そうな野郎の意思次第なのか?
 我々には衝撃だったが、独美人は馴れている様子で、手際良くチェックを受ける。
 ん〜、これが同じ敗戦国でも、島国の日本と大陸との違いなのかなぁ?
 歴史や平和を考えるきっかけに、いやが上にもなっていった。


 −ベルリン−

 やがて夜が明けて、列車はベルリン市内に入っていた。う〜ん、明るい…気がする。

 この旅に誘ってくれた連れ合いである友人の実姉が、旦那さんの仕事の関係で
 ご家族とここベリリンに駐在していたのだ。ベルリン滞在中はそのお宅にお世話になる。

 駅には旦那さんが迎えに来てくれていた。列車を降りる時、独美人は寒いのに窓を開け、
 身を乗り出して送ってくれた。言葉は判らないが、おどけて見せるとニッコリ笑ってくれた。
 爽やかな行きずりさんだった。

     ※写真はドイツ観光サイトからのイメージ流用

 ○オペラ
 お姉さんの計らいで、生まれて初めてオペラなるものを鑑賞したが、すんごく良かった♪
 日本でいうところの歌舞伎のような文化?ビシッと三つ揃えで決めたつもりだが、
 男性はタキシード、女性はドレスの世界では何とも地味(笑)だ。幕間の社交もまた粋な文化。
 階段の踊り場からフロアを見下ろすと、5人くらいの日本人らしい男女が徒党を組んで歩いてる。
 全員Gパン姿だったので「頑張れ」とは思ったが、やはりこの場には不釣り合いな気がした。
 普段Gパン党の田野だが、文化を堪能するにはその装いから合わせるのも楽しみ方だと思った。

   ※写真はドイツ観光サイトからのイメージ流用

 ○アウトバーン
 旦那さんが紹介してくれた独人男性が、田野が密かに願っていた夢…
 「アウトバーンをバイクで飛ばす」事を叶えてくれた。ただ国際免許証を取っていなかった(汗)。
 まずはこっそり町中でバイクを運転してみた。この国は右側通行…そこから交差点を右折すると…
 おおっと!正面から車がぁ〜!!!危うく衝突を避けたが、車に文句を言おうと思って止まると、
 向こうも止まってこっちを見てる。ん?右折した途端に左側を走ってた?ひゃ〜!習性って怖い(^_^;) 

   ※写真はドイツ観光サイトからのイメージ流用

 んな訳で無免許運転は諦め、アウトバーンは独人男性の後ろに座っての体験…だが、おおおお!
 は、はえ〜!!!180q/h以上は出してた?ドイツの冬はとにかく寒く、顔や目が痛くなる。
 全身の感覚が麻痺してくる。ちょちょ切れる涙目で地平線を見ると、夕陽が素晴らしく綺麗だった。

 ○ベルリンの壁
 今や崩壊して久しいベルリンの壁。当時はしっかりあった。東西ドイツの冷戦の象徴として、
 それは異様な威厳と暗雲を漂わせ、しっかりと東西の行き来を阻んでいた。
 見張り塔の上では東独兵が銃を構えている。やっとその感覚にも慣れていたが、いい気はしない。
 お世話になっている連れの姉さん夫婦の子供達には妙になつかれ、この日は一緒に出掛けた。
 子供達と壁をバックに無邪気な写真を撮ったが、彼らの存在はこの空気感の中では救いだったなぁ。

 その夜は中々眠れなかったのを覚えており、帰国して十数年後にTVの映像で、
 人々がこの壁を恨みを込めて叩き壊している映像は鮮明に覚えている。
 東の人々にはカルチャーショックも大きかっただろうが、家族や友人や恋人までもが、
 哀しい歴史に苛まれてきた実話をベルリンでは聞く機会があった。その歴史的象徴だった壁…
 教科書で字面で覚えた知識なんかよりも遥かに生々しかった。ニュースを見ながら泣けた。


 −ミュンヘン−

 ビールの町「ミュンヘン」。EUROの夜行列車で、前夜ベルリンで行われたサッカーの試合が終わり、
 バイエルンミュンヘンのサポーター達と乗り合わせた。そりゃあもう眠れなかった(笑)。
 ミュンヘンに着いたのは日曜の朝だった。歴史のある石畳の町並みが印象的だ。
 だが、人がいない。人っ子一人歩いていない。なんだ?ん?日曜の礼拝で皆教会でお祈りしてる?
 へ〜。これがキリスト教の国なんだね。不思議な光景だった。日本で言う銀座のような街に、
 誰もいないのである。まぁ歩き易いといえば歩き易いが…ちょっと異次元な感覚だった。

        
    ※写真はドイツ観光サイトからのイメージ流用

 ○放浪者〜ジプシー
 その人っ子一人いない街並みに、どこからか心をそそる笛の音が聴こえて来る。切ないがとてもいい。
 涙が出そうになった。その笛の音を辿って、町を彷徨った。この角かな?違う。
 あの坂の上?いや、違う…石畳の古い街の作りから音が反響するのか、中々見つける事が出来ない。
 流離っている間はほんの数分だったのだろうが、不思議な…長い長い夢の時間だった。

 あ…いた。こんな所に…何の変哲もない石畳の街角に立って、笛を奏でていたのはジプシーだった。
 彼には異国の土の匂いがするように思えた。春の喜び…蔑まされた哀しみ…過酷な冬…空腹…
 自由の為に全てと引き換え、全てを受け入れたのか?綺麗な目をした彼は、紛れもない自由人なのか?
 何でそんな風に吹く?何でそんな優しい瞳で俺を見る?どうしてそんな切ない響きを訴えて来る?
 これまでどんな所を旅して来たの?これから何処へ旅をして行くの?貴方に大切な人はいるの?
 或いは…何か大切なモノを理不尽に失い過ぎたから彷徨うの?
 彼は何も言わない。言葉も判らない…彼は見るからに放浪の旅に疲れ果てていたのに、
 でもその瞳がエメラルド色に輝いていて、本当に綺麗で優しかったんだ。

 礼拝が終わって人々が街を賑わせ始める迄、ずっと彼の笛の音色に没頭していた。
 人の気に振り向き、ふと我に返り、投げ銭をはずんでその場を去ろうともう一度振り向くと、
 放浪者は人々の気配に一早くその場を風のように去って行き、取り残されたような寂しさが残った。

  この旅の始めにロンドンで再会し、パリに発つ時に見送ってくれた人がいたんだ。
  会いたいと、素直に願っている自分に気がついた。過程やら柵やらはもうどうでもいいんだ。
  すれ違ったまま卒業を間近に控え、こんなに遠い町で気持ちに向き合う自分がいた。
  若気の至り…今は遠い昔の笑い話だけど…


                                        おしまい