田野と八ヶ岳の話−5
学書院・柳田青蘭先生編
八ヶ岳高原・甲斐小泉の、とうごペンションに行く小道の途中に、いつからか
気になる建物が出現しました。その名を「八ヶ岳・柳田泰雲記念書道美術館」
世界的に有名な書家「柳田泰雲」先生の作品などを展示した美術館です。
有名な書道組織=「学書院」を切り盛りする、やはり世界的な女性書家
「柳田青蘭」先生が、亡き恩師であり
夫であった泰雲の意志を継ぎ、故人が愛し、
晩年のアトリエにと考えていたかの地「八ヶ岳高原」にこれを建立したと聞いています。
青蘭先生が愛車ベンツを駆って、ちょくちょくこの地を訪れる事はうなづけますが、
お忍びでよくパームスプリングに飲みに来たり、LIVEを聞き行く事は
あまり知られていないでしょう。そう、何千人といるお弟子さん達の総帥は、
上品で知的な、ちょっとお茶目でかわいい悪戯っ子(?)おば様です。
田野との出会いも、もちろんパームでのLIVEの時。
たまたま先生が見に来て下さって、気に入って頂いた事が始まりです。
話が進んで、鈴木チーフ率いるオールドマン・ブラザース・バンドとのジョイントで、
始めて「美術館LIVE」をやる事になり、田野はJOSE有海さんとのユニットで
ツアーを組んでこれに挑みました。音響を考えては作られていない美術館で、
音作りは難儀しましたが、それは楽しいイベントでした。
たまたま友人のS山はんがやっているプチホテル「Hさんぽ」に泊まり合わせていた
女優のT樹S耶さんもお忍びで来てくれました。泰雲先生の作品群を前に歌う…
このミスマッチがなんとも不思議で、背筋がのびる思いでした。
宿泊はとうごペンション。打ち上げはもちろんパーム。美術館のスタッフの方々も
全て女性で、美人・上品・知的です。田野と同じ歳かちょいお姉さん?
とお見受けしましたが、ついつい敬語を使ってしまいます。そんな方達が
楽しそうに飲んでます。「学書院て、なんかいい組織だなぁ…」そんな印象が残りました。
帰京後、会社で仕事をしていると、内線電話が鳴ります。
ほとんど知らない女性の先輩が「田野さんですか?」と聞きます。
ん?なんと社内に青蘭先生のお弟子さんが三名もいたのです。
先輩は先生のメッセージを携えていました。「本部でもやらない?」 え?
同じ年、今度は銀座の本部でLIVEする事になりました。無論Joseさんと一緒に
出演しましたが、P・Aを借りて持ち込み、全て自分達でセッティングする訳です。
八ヶ岳では会場と人の憩う場所が別でしたが、ここではそれが同じ部屋。
公開セッティングみたいな感じで、皆じっと見ています。舞台裏を見られてるみたいで
恥ずかしいなぁ!そりゃこんなイベントお互い始めてだし、
場違い(?)な気もしましたが、進行上の打ち合わせも何もなく、
開き直ってやるだけやりましたよ、もう・・・。でもね!楽しかったんだなぁ、これがぁ!
CDが100枚も売れ、ギャランティも戴き、超美味しい築地の隠れ寿司屋さんで
先生自らの接待を受けます。先生が好きなのは意外にも「玉」!Joseさんは
当時魚嫌いで、刺身系がダメだったのに、ここの寿司を食べてから一転、
大好物になったんですよ!2日前にどこぞの国から帰国し、
3日後には中国へ行くとか…超ハードスケジュールの先生は、S田川沿いの
超高層マンションにお一人で住んでいらっしゃるとのこと…。
我々は目を白黒させるばかりです。
その日は帰路に青山の知り合いがやっていた店にJoseさんと出向き、
深野さんと合流してから我に返りましたが、なんか夢見心地のイベントでした。
後になって、知れば知るほどとんでもない大物先生であった事が判ってきます。
オールドマンブラザースバンドを中心とした八ヶ岳の仲間達がアルバムを作りました。
そのジャケットには、青蘭先生の一文字ん百万円と言われるその筆で、
アルバムタイトル「かんとりぃぶるう」と書かれています。
もちろん先生はお金など取りません。
但しそれは限られた先生のプライベート空間を共有する仲間達にだけ手向けられた
先生のスタンスなんです。なぁんて素敵なおば様がいるもんなんだろうか!
八ヶ岳のパームに集まる、これもお仲間の一人のお話しなんですよ!
つづく