田野と八ヶ岳の話ー7
ラングラーランチ 編
☆ウエスタン牧場「ラングラーランチ」
JR中央線の小淵沢駅は、高原列車「小海線」の始発駅。ここからパームのある
甲斐小泉の手前あたりまでは、小淵沢高原と呼ばれます。このあたりは
乗馬のメッカ。老舗の乗馬牧場が幾つかある他、県営の馬術競技場もあります。
ウエスタン牧場「ラングラーランチ」は、その中心的な存在。
乗馬にはブリティッシュとウエスタンのスタイルがあり、
オリンピックなどで見るのはいわゆるブリティッシュスタイルです。
でも「ラングラーランチ」は、西部劇にタイムスリップしたような空間。
カウボーイズ&ガールズ達が集う愉快な乗馬牧場です。
ここのボスに「いつか八ヶ岳の歌を作ってくれ!」と言われたのが、
あの「約束♪」を作るきっかけにもなったんですよ!
☆星と虹の歯医者さん
「ラングラーランチ」との出会いは、とうごペンションさんの紹介です。
野外LIVEを企画していた頃、ここに集まる「変わり者」の中に
「星と虹の歯医者」という歯医者さんなのに、アトリエにスタジオや
よだれの出るような機材を豊富に持っている変わったおじさんがいる・・・
と聞きました。イベント用の機材をお借り出来ないかを打診する為に、
この歯医者さん(藤森さん)にお会いしたいが、気まぐれで診療日も
気が向いたら適当にやる…という人だし、電話してもつかまらない…
というキャラらしい…「最近はラングラーの上手の坂でスケボーやってるよ!
喉が渇くとラングラーに顔出すから、電話入れとくから張ってなよ!」と
いう訳で、小海線沿いにある「ウエスタン牧場・ラングラーランチ」を
初めて訪ねました。スケボー歯医者「藤森さん」は、通り掛かりの知らない人の車
に勝手に捕まって坂を登り、坂の上からラングラーまで降りてくる…という遊び(?)
を繰り返していました。髭面の…芸術家タイプ?武道家タイプ?
☆月例カントリーLIVE
気まぐれで、誰にも貸すとは限らない藤森さんの機材を無事に借りられ、
イベントは成功しました。これがご縁で、次の夏には、このラングラーランチさんの
バルコニーでイベントをやらせてもらいました。
しかし、バンドの音響に馬達が興奮してしまい、馬主さんから苦情が出て、
このイベントは失敗でした。迷惑をかけたので、牧場主の通称「ボス」に
謝りに行った時、不良中年のボスはニッコリ笑って「オフシーズンには月に一度、
カントリーの弾き語りLIVEをやる夜がある。マエで出てみるか?」「へ?」
…という訳で冬場の約半年間、田野は月に一度の月例カントリーLIVEで歌う為に、
このラングラーランチに通う事になりました。ジャンル的には異端な田野ですが、
牧場の一日の仕事を終えた男達が、銅製の大きめなマグカップでアメリカンを嗜み、
夕食後の一時をそれぞれが寡黙に、テンガロンハットを目深に被って
足を椅子の上に投げ出してくつろぐ様は、なかなか味があります。カントリーが
流れ始めると、いつしかその手にはバーボングラスが持たれ、夜が更けていく・・・。
ここは自然になり切り西部劇で振舞うのがスタンス。なんか楽しくないですか?
青森で牧場暮らしの経験もある田野には、なんか馴染みやすい…
☆ギャラは乗馬…?
初めてのカントリーナイトLIVEの翌日、牧場に顔を出すと、「田野君、来たか!
あの馬に乗れ!」とボス…「はい?」一般のお客様に混じって、馬場で乗馬の
基本動作のレッスンです。「ひゃ!心の準備がぁ…」でも楽しいゾ、これ!
その次に行った時も「おぉ、田野君、ギャラ払えないからな!乗ってけ!」
秋から冬にかけてはお客様が少ないので、馬達が運動不足にならぬように
適度に乗って運動させる事が必要とのこと。そういう事ならお手伝いしますよぉ!
一番後ろからレッスンの生徒さん達に混ざります。皆さん衣装も本格的な、
なりきりブリティッシュ。初心者の田野は足を引っ張らないようにしなきゃ・・・。
並足、早足、鞨鼓馬乗り、右ターン、左ターン、止まれ!…ふぅ、一杯一杯。
「はい!では中級の皆さん!そろそろ駆け足の練習に入ります」
「聞いてないよ〜!俺、初心者だよ〜!入れる組を間違えてるよ〜!」
「じゃあ、一番先頭の人がやるように続いて下さい」
「ん?さっき一番後ろにいたのに、ターンしたら一番前になってら…、ひえ〜!」
☆大人の遠足 in 八ヶ岳
なにしろラングラーランチはギャラリーが多い。ビビッたり落ちたりしたら
みっともない。必死で駆け足の馬にしがみついてしのぎます。馴れないうちは
お尻の皮が剥けちゃいます。でも…駆け足の馬に乗る感覚って、気持ちいい!
午後、別の馬に乗り、牧場を出て、道沿いの藪から獣道のような狭い隙間を入り、
いわゆる「外乗」というヤツに出かけます。人が踏み込めない八ヶ岳の裾野の
草原や森を、馬に跨っての小さな旅です。これ…大好きです。すごくいいです。
人に行き会う事は全くありません。人間が歩くにはちょっと辛い道を、馬達は悠々と
行きます。森の木々の合間をしばらく行くと、小さな清流に出ます。この沢沿いを
少し登って行くと、やがて視界が開けて、真正面に八ヶ岳を望む草原に出ます。
ここで一休み。小慣れた女性スタッフが涌き水を汲んでサイフォンでコーヒーを
入れてくれます。こいつを大きめのマグカップで飲る。煙草をくゆらし、みんな無言で
目の前の八ヶ岳を仰いでいる…至福の時です。
いつしか田野も、なりきりカウボーイでした。
☆ボスは健忘症?…わざと?
この外乗は上級者になると、2〜3日の日程でテントを持っての「旅」なども
企画されるんだそうです。いいなぁ。夏には牧場祭りがあり、スタッフが
インディアンに扮し、幌馬車ならぬ小海線を襲撃することでも有名(?)です。
見たことある人、いるんじゃないですか?少し前に久し振りに顔を出したら、
ボスが「来たか!あの馬に乗れ!」といきなりの乗馬命令。「仕方ない。やるか!」
田野は久し振りの馬の感触を確かめながら、鞍の位置を決めて
馬場へ飛び出します。「え?障害物がおいてあるよ?邪魔じゃないかな?」
今回は6組ほどの少数レッスン。ボス自ら号令をかけます。
「さぁーて、それじゃあ順番に跳べー!」…ん?「聞いてないよぉ!習ってないよぉ!
やったことないよぉ〜〜〜!」観光者で一杯のギャラリー席。「なむさん!」
目をつぶって田野は馬に鞭を入れます。駆け足で勢いをつけた田野の馬が
障害物に向う。ジャーンプ!鞍にしがみついてかろうじて落馬を逃れた、
それが田野の初障害越えでした。「よ、よかったぁ!跳べたぁ…」
というより落ちなかった?でも…気持ちいい〜!乗馬最高!
君が愛したのは 吹き抜ける風の中を
たて髪揺らし駆けてゆく 馬達のシルエット♪ 「約束♪」より
おしまい
追記
当HP掲示板でご存知の方も多いと思いますが、ボスは少し前にご病気で亡くなられていたそうです。
これを書いた時、田野はそれを知りませんでした。心から哀悼の意を表し、ご冥福をお祈り致します。
この日記はありし日のボスのお人柄がとてもよく出ていて、故人は湿っぽいことが嫌いでしたから、
供養の為にも、思い出を風化させない意味でも、このまま日記の掲載を続けさせて頂こうと思います。
ボス!田野は「約束♪」をこれからも歌いますよ!ありがとうございました。そして安らかに…
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